2009年2月 6日 (金)

15秒の勝負

きのうはCMナレーションのお仕事でした。

具体的な商品名などはまだ言えませんが、今回はゲームソフトgameのCM。

野球のゲームソフトということで、中継風のCMでした(一応、解説者役もいる)。

初めは実写、最後はゲーム画面という作りなんだけど、

ファーストカットは、なんと”千葉マリンスタジアム”

なんか縁を感じました。

満員で、しかもややモヤがかかっていたということは、

もしかすると2005年日本シリーズの濃霧コールドのときかもなぁ・・・

なんて思いつつ、収録し始めたわけだけど、

CMにおける実況と、普通のスポーツ実況は、似ていて全く非なるものということを、

カルピスソーダの時に続いて実感。

流れに乗って素直に感情を表現していけばいいスポーツ実況と、

無理やり想像力をかき立て「実況する」CMナレーション。

もちろん想像力を駆使するというのは、

ナレーションすべてにいえることでもあるのだけど、

一番、難しいのは、普段の中継では、そこは力入れないでしょうというところまで、

声を張って、テンション上げてしゃべらなければいけない部分。

例えば、(今回はこんなコメントはありませんが)

「解説の○○さん、ここはどういきますかね?」なんてところも、

わくわく、どきどきしている雰囲気を出しながら解説に振らないといけない。

実際の放送では、冷静に解説に振るケースのほうが多いと思うけど、

CMはデフォルメ、インパクトを与えないといけないので、

普段やっている通りにやると「もっとテンション上げてくださーい」なんてNGになってしまう。

そう、ものまね芸人が対象をデフォルメする感じ。

本物の五木ひろしが、あんなにこぶしrockを握り締めて低い姿勢で歌うわけでなく、

織田裕二の「キターairplane」が、あそこまで鼻にかかった声でもないように、

実況アナのものまねをしないといけない。

これが「本職」には逆に難しくてねぇ。

まず、自分の実況スタイルや実況哲学を崩すところから始めないと、

うまく行かないんだよね。

と、いいつつ完成したものを聞くと「自分」なんだけど(笑)

さらにそれを15秒の中に押し込まないといけないので、

これがまた至難の業(あっ、もちろん、ただ15秒に収めろっていうだけなら簡単だけど)

同じ15秒CMでも、ゆったりムード、コメントが一言なんてCMは、

思いっきり工夫をこらしたり感情こめたりできるけど、

実況風の場合、間を空けて体制を立て直す時間がないので、

(最終的には部分部分録り直しもありますが)

どうしても突っ走りがちになってしまう。

普段のナレーション原稿ではできる緩急強弱高低も、

息継ぎが重要な要素だということを改めて実感するわけです。

そんなわけで、何のCMかわからないままお話しましたが、

確か2月下旬にはどこかでお目にかかれると思うので、

見たら「これのことか」とニヤリbleahと笑ってください。

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2008年12月 2日 (火)

約1ヶ月の成果はもちろんまだまだ

ナレーションの学校に通い始めて約1ヶ月が経ちました。

『目からうろこ』

というと大げさですが、改めて「アナウンサー」と「ナレーター」の違いを感じます。

講座受講者は、アナウンサー出身者と演劇出身者に大別されますが、

演劇出身者の表現力には、やはりうならされるものがあります。

一方で、ある程度かっちりした原稿を読むときは、アナウンサー経験者にかなわない部分もあります。

両方を兼ね備えたらなぁ~なんて思うのですが・・・

で、僕の場合はというと、

きのうやっと気づいたのですが、なんかこじんまりとしているんだよなぁ。

緩急、強弱などメリハリを自分なりにつけていても、録音して聞いてみるとまだまだ。

かつてテレ朝のアナウンサー研修で、

テレビは恥ずかしいくらいにオーバーに表現しないと、そう聞こえないと言われたことを思い出しました。

「思い切りよくしゃべりつつ、表現も崩さない」これが次への課題ですな。

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2008年10月15日 (水)

アナウンサー頭は捨てないとな

ナレーションについて考えた一日でした。

今年はカルピスソーダのCMの実況ナレーションをやったりしたけど、

実況なのに原稿がある。

いつのまにか、原稿に支配されている自分・・・

原稿を読まずにとはいいつつも、アナウンサーの悲しい性down

書いてある文字を、しっかりと間違えないように読まないとという気持ちがどうしても働いてしまう

そうすると表現がおろそかになっていく・・・

日、お話しをさせてもらったナレーターによると、

もっと自由に、「正しく読む」というより「表現」を重視して、というお言葉をいただいた。

使っているディレクターも、きれいな読みより、いかに惹きつけるか、面白いか、

そちらのほうをむしろ見ているという話。

「表現する技術」もさることながら、「かっちり読まなくていい」といわれたことで、

すっと、気持ちが楽になった気がしたup

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